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小島 秀夫 プロフィール
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 エクストラポレーション礼賛 

>> 「ヒデラジ 第238回 伊藤計劃さんの話をしよう」 はコチラ。<<

「METAL GEAR SOLID 2 SONS OF LIBERTY」
限定版ブックレットから全文掲載。


エクストラポレーション礼賛
伊藤計劃 Project-Itoh
いきなりだけど、ここでは「ドラマがいい」とか「キャラがいい」といった話はしない。だってそんなの、みんなわかってることじゃん。
だからここでは、ぼくが個人的にこれこそ小島監督の核だと思っている話をすることにする。
そういう話を期待してた人、ごめんね。



「人間が宇宙に住んだらどうなる?」

という問いがあったとする。
こんな問いに基づいた作品はたくさんある。
けれど、その問いに対する答えは作家の世界観によって異なってくる。
宇宙空間の宇宙線って本当に防ぎきれるのかな。
太陽フレアとか太陽風とか。
「ポリスノーツ」を作っているとき、小島監督はそう考えた。
そこで出てきた身もふたもない第二の仮定がこれ。

「スペースコロニーは、大量被曝社会だ」

ある状況にある仮定を挿入し、別の状況を導き出す。これをSF用語で(というかもともとは数学用語なんだけど)エクストラポレーション、という。
導き出された第二の仮定は、我々がSF小説やガンダムなどのアニメで見慣れてきたスペースコロニー像を一気に変えてしまう。
大量被曝者社会としてのスペースコロニー。
小島監督はそこからさらに第三の仮定を導き出す。

「大量被曝者社会であるスペースコロニーは、高度医療社会である」

医療インフラが根幹を占める社会。
軍産複合体ならぬ医療産業複合体としてのトクガワグループ。細密な「ポリスノーツ」の設定群は、この思考過程から生み出されたものだ。
集中医療社会としてのスペースコロニー。
それはぼくらが見知っていたコロニーに対する価値観を揺さぶるだけでなく、いやおうなく現在の我々の医療制度まで照らし出してしまう。



「そうか、そうだったのか〜!」
近未来やファンタジー異世界の氾濫するゲーム業界に、こうした「目からウロコ」の価値観の目眩を味わわせてくれる世界がどれだけあるだろうか。ぼくの知る限りでは、ほとんどの、いや小島作品を除くすべてのゲームにおいて、世界は単なる雰囲気作りの背景に過ぎない。
こまごまと細密に設定してある作品は、大体において設定好きなオタクの自己満足的な情報の塊に過ぎない。それら「単なる設定」とエクストラポレーションはまったく異なるものだ。
単なる設定なら、はっきり言って誰にでも書ける。
が、「表層をひんむけば、本質はこうだ」という「思いもしなかった観点の提示」となると、豊かな知識と「考えることの楽しみ」を持ち合わせていなければ生み出せない。



メタルギアもそうだ。
遺伝子を「人間の微細な資質のライブラリと看做す」思考のインパクト。
そこからゲノム兵に遺伝子治療で「資質を埋め込む」設定や、伝説の戦士ビッグボスの「遺体を要求する」テロリストという物語が生まれる。
それはすなわち、人間の遺体が戦略物質となりうる世界だ。
個人を識別するウイルス、レールガン核砲弾。
メタルギアは「そういう手があるか!」という贅沢なSF的アイデアで満ちている。
それこそ本当なら、個々のアイデアひとつで物語を作れてしまうような。
アイデアをメインにした物語という意味で小島監督は「スギスマトリックス」「ホーリー・ファイアー」など、エクストラポレーションの伝統をもっとも正しく受け継ぐSF作家のブルース・スターリングに近いのかもしれない。



MGS2のテーマは「デジタル化社会」の問題だという。

西垣通やクリフォード・ストールらは、コミュニケーションの障壁がなくなることで、世界の地域差が消滅し、のっぺらぼうな一つの文化(ミーム)に地球が覆われてしまう可能性を指摘する。

フランスの思索家ポール・ヴィリリオはネット社会が災害を高速で伝播させる「情報化爆弾」や、MGS2初体験版に登場したサイファーや監視衛星など、2次視覚の多用によって戦場から「現実」が消滅する可能性を指摘し、後者の問題についてはヴィリリオや市田良彦らの著作を原作にしたともいえる押井守「パトレイバー2」が映像化作品として見事に描き出している。

ローレンス・レッシグは「CODE」でネットの「自由」や「匿名性」が実は設計上のものに過ぎず、商業化によって「中年化」したネットが個人情報を管理しやすいアーキテクチャへと変化してゆくと予言する。

ブルース・スターリングは10年以上も前に「ネットの中の島々」で、ネットがグローバルなものであるというよりは先進資本主義社会圏のアーキテクチャにすぎないと喝破し、「第一次世界大戦は第一次『ネット』内乱だった」と、ネットのグローバリズムという幻想を打ち砕くマニフェストを提示する。

小島監督がどのような切り口でデジタル化というテーマを扱うのか、今はまだぼくにはわからない。
上に挙げたどれかかもしれないし、まったく別の切り口かもしれない。
でも、どんな切り口でくるにせよ、小島監督はそれを「ビッグボスの遺体」のような目の覚めるエクストラポレーションで描き出すに違いない。



いとうけいかくProject-Itoh
ファン代表。自称「小島主義者」
武蔵野美術大学卒業後、WEBデザイン、漫画化アシスタントを経て、現在某局WEBでADをしつつ、色々怪しげな活動を企画中。HP「スプークテール」にて映画論評と小島作品分析を展開。


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